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17.瞑想法の紹介、「私は誰か?」

− セルフ・エンクワイアリー(SELF ENQUIRY) −


この「セルフ・エンクワイアリー(SELF ENQUIRY) 」というメソッドは、厳密にいえば「瞑想」というカテゴリーには当てはまりませんが、たいへんすばらしいメソッドであり、ほんとうの自分とは何か、を知るうえで、無視することのできない方法論としてのすばらしさと、このメソッドを主な方法論としてもちいたグルたちの人間性(グル性?)がたいへん優れていたという理由から、現在でも多くの精神世界の探求者たちに受け入れられているメソッドなので、ここに紹介しようと思いました。
瞑想という手段が、心(マインド)の作用を無にして、そのからっぽの青空のなかに永久不変の真理を悟る、という目的志向があるのに対して、セルフ・エンクワイアリーは自分のなかに自分の本質とは何かを聞きただしていきながら、「いま・ここ」にある自己の本来の姿をはっきりと知るという、受容と目覚めの、より自然なスタンスをもった手段だといえるでしょう。
このメソッドを作りだし、これを用いて世界中の探求者たちを目覚めに導いた師(グル)は、ラマナ・マハリシです。
ラマナ・マハリシは1879年に生まれ、1950年に71歳でなくなりましたが、聖アルナチャラ山のあるティルバナマライというところにアシュラムをもち、現在でも多くの探求者がそこを訪れています。
ラマナの教えは、ヨガや瞑想の修練という道ではないもうひとつの新しい道を開いたという意味で、画期的なものでした。その方法とは「私はだれか?」という問いを自分につきつけることによって、今、この瞬間、ここにある、あなた自身の本性(真我)に目覚める、というものです。
ラマナはよくこのようなたとえを用いました。

あなたの本性(真我)は、たとえば映画のスクリーンのようなものである。
スクリーンのなかでは、いろいろな物語があり、アクションがあり、よろこびがあり、悲しみがある。
そこでは、映画(人生)がおこなわれている。
それはたえず変化している。
そして、あなたはその映画(人生)が自分だと思い、映画と自分を同一化し、よろこびと苦しみというサムサーラ(輪廻)のなかで、苦しむのである。
しかし、あなたの本性(真我)は映画ではなく、その映画が映し出されているスクリーンのようなものだ。
映画は変化し続けるが、映像がどのように動いていっても、スクリーンは白い幕でありつづける。
それはなにものにも影響をうけない。
その白いスクリーンが映画の本源であり、私というものの周辺で起こりつづけるさまざまなドキュメントは映し出される映画のようなものなのだ。
私の本性(真我)を知る(悟る)ためには、動きつづけるものの後ろで、けっして動かないものを、探し出すことが必要だ。
しかし、あなたはそれを作りだす必要はない。
なぜなら、それはもうすでに、いま・ここ、にあるからだ。
あらゆる人は、それがあまりにも当たり前のものであるがゆえに、見過ごしている。
それを再発見する方法は、見すごしている元に戻っていくことである。
「私」から、あらゆる映画がはじまる。
「私は医者です。私は太郎です。私は彼女の恋人です。私は金持ちです。・・・」
これらのなかで変化するものは、映画の中の道具にすぎないから、それらは取りのぞかなければならない。
そうすると、いつでも残るのは「私は・・・です」という部分だ。
そこがスクリーンと映画のはざかい地点であり、私の本性(真我)への扉である。

そして、ラマナはセルフ(自己の本性)については、またこのようなたとえを用いています。

あなたの本性(真我)は、映画を見に来て、映画のなかの一挙手一動作に一喜一憂している観客を、その後ろから眺めている映写技師のようなものである。
彼は映画が上映されているあいだそこにいて、映画の内容に興味をしめすことなく、いちばん後ろから静かに、映画に一喜一憂する観客(あなたのマインド)を見守っている。
それがあなたの本性(真我)である。

ラマナ・マハリシは、たいへん清楚で、シンプルな生き方をした師(グル)で、だれもが惹かれ、尊敬したくなるような、典型的な師としてのイメージを生き抜いた人です。 私も、昔、写真を一度見たときから、この人が好きになりました。 実際の姿には会えなかったのは、残念至極ですが、このあとにパパジというラマナの弟子であった人が、ラマナの死後40年たって、我々の前に姿をあらわし、おおいにこの方法を駆使して、再び多くの人々を目覚めさせてくれました。
私もパパジのサットサンにでて、何度か直接質問し、会話し、たいへん貴重な体験をしました。

「私はだれか?」。
このセルフ・エンクワイアリー(SELF ENQUIRY) は、たいへん高度の技法だといえます。
ラマナ・マハリシ自身は、ヨガの範疇にはいる人ではないのですが、このような技法はヨガでいえば、ジャーナ・ヨガという最高に知性的なアプローチだといえます。
数々の過去生での修行の体験のすえに、今生ではもう修行というものをマインドが必要としないという人のための、もっとも洗練された方法論だと思います。
この方法は、本で読んだりしても、見当はずれの方角に行ってしまうかもしれません。
実際の生きた師に、直接の応答で対応し、ほんろうされながら、いつかその真髄を知るというプロセスが必要ではないかと思います。
しかし、方法論としては、この「私はだれか」というラマナ・マハシリのメソッドは、稀有のものがあります。



パパジ

こちらの写真は、パパジ。


ラマナ・マハシリ
















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1−瞑想との出会い

3−瞑想の目的

5−瞑想の質

7−ヴィパッサナー瞑想

9−ワーリング瞑想

11−瞑想の起源と歴史

13.クンダリーニ瞑想−瞑想法の紹介−

15.瞑想におけるヨガとタントラのアプローチ

17.瞑想法の紹介、「私は誰か?」

2−瞑想とは何か

4−瞑想の種類

6−瞑想のやり方

8−瞑想の体験

10−トラタック(トラタカ)瞑想

12−瞑想とヨガ

14.ヨガとタントラの起源

16.瞑想とサット・サング

18.スピリチュアル寓話集「10人の馬鹿」





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