コカムの木
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16.瞑想とサット・サング


インドで瞑想やヨガなど、精神的(スピリチュアル)修養の旅をしていると、かならずそのうち出会うものに、サット・サングがあります。
「サット」はヒンズー語で「真理」を意味し、「サング」は共同で何かを分かち合うことのできる「場」を意味しています。
ブッダの時代には、サンガは現在でいう仏教寺院、共に生活し、真理を学習するための場所や建物の総称として表現されてました。
現代的にいうなら、「ブッダ瞑想コミューン」と言うことができます。
ですから、サット・サングは日本語に翻訳すると、「真理の集い」となります。
「真理の集い」という言葉はださいなと思うでしょうけど、どんなものも古くから使われてきたものはださくかんじられるのです。
そういうときは、たいてい横文字をそのまま使って、新しい雰囲気と新しい意味合いを持たせようと試みられるのです。
英語でも、"Gathering of Truth"とか、"Commune of Truth"などとはいわず、"Sat-Sang"とヒンズー語をそのまま使います。
語感的には「サットサング」というより、「サットサン」というようにも聞こえます。
「アゴンダ・ビーチで、サンダルシがサットサンをしている」とか、「アランボール・ビーチで、ニールのサットサンがある」などというように使われます。
あまり有名でない師(グル)の数人規模のサットサンもあれば、サッチャ・サイババ、シュリシュリ・ラビシャンカールなど有名な師(グル)のサットサンには数千人もの人々が集まってきます。
通常、小さなサットサンではしばらく静かに坐っていると、師が現れて、そのうち誰かが何かを質問する。
それに師が答えながら、真理とは何かを指し示し、共に味わい、その霊性の恩恵に浴するというようなもので、サットサンの会場から出てくるときには、一種のさわやかな平安と至福の状態を体験しているものです。
和尚(ラジニーシ)やサイババなどのサットサンになると、大きな会場に数千人の人が集まっていますから、沈黙のサットサンになったり、事前にあらかじめ選ばれたいくつかの質問が読まれて、それに答えるという形式がとられたりします。
インドでは毎日無数のサットサンがおこなわれ、多くの人々が日常的な霊的修行のひとつとして、それらに参加しているのです。

私自身もいろいろな師たちのサットサンを訪れ、それぞれの手法の違いや、雰囲気の違いなどをまのあたりに体験して、たいへん有意義なときを過ごすことができました。
どの師もそれぞれユニークなサットサンを創造していたと言うことができます。 あるとき、ヨガの聖地として有名なリシケシのガンジス川沿いに、マストラル・ババと呼ばれる師がいました。
マストラル・ババは川のすぐ脇の大きな岩をわが家としていました。 自然にできた小さな洞窟、ちょうど人ひとりが横になれる程度の広さのところで寝起きしていました。
あるときはその洞窟の脇に坐り、あるときは少し離れた小高い丘状のところに坐り、あるときはインド人の女性たちに足をもんでもらい、あるときはまるで映画にでてくるような聖者然とした長いローブを着て、弟子たちに説法していました。
あるとき、私が坐っていると、マストラル・ババが脇にいた子供に何か言いました。
その子供が私に言いました。
「ババがあなたの質問を通訳するように言ってます」と。
それで、私はこれ幸いとばかりに、こんな質問をしたのです。
「マストラル・ババ。あなたはいったい誰なのでしょう?
私はいったい誰なのでしょう?
あなたと私の違いはなんなのでしょうか?」
数人のインド人の人が、子供の通訳を聞いて、少し笑ってました。
ババは子供に何か言い、子供が私にこう言いました。
「ババはこの質問に答えるには、私では幼すぎるから、こんど○○さんのいるときに、また質問しなさい、と言ってます」
私は、そのまま暖かな陽だまりのなかでもうしばらくそこにいて、その日は帰ってきました。
そのあと、毎日ババのところに通いましたが、そのうち質問のほうはどうでも良くなってきて、もう質問自体も忘れ、澄んだ空気と、つめたいガンジス川の水と、暖かな日差しと、マストラル・ババの時代を超越したよないでたち、立ち居振る舞いなどを、数ヶ月間楽しんだのです。
今思えば、あれが答えそのものだったのでしょうかね。

さまざまなサットサンがあり、さまざまな体験があり、さまざまな扉があり、そしてその扉が開かれると、人はその一瞬の体験を大笑いするかおお泣きするかしたあと、深い沈黙のなかに入っていくのです。
瞑想は技法によってその一瞥を体験しようとしますが、サットサンは師と共にあることによって真理の味わいに浴することができるのです。




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1−瞑想との出会い

3−瞑想の目的

5−瞑想の質

7−ヴィパッサナー瞑想

9−ワーリング瞑想

11−瞑想の起源と歴史

13.クンダリーニ瞑想−瞑想法の紹介−

15.瞑想におけるヨガとタントラのアプローチ

17.瞑想法の紹介、「私は誰か?」

2−瞑想とは何か

4−瞑想の種類

6−瞑想のやり方

8−瞑想の体験

10−トラタック(トラタカ)瞑想

12−瞑想とヨガ

14.ヨガとタントラの起源

16.瞑想とサット・サング

18.スピリチュアル寓話集「10人の馬鹿」





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