コカムの木
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10.トラタック(トラタカ)瞑想
−瞑想法の紹介−


トラタック瞑想は、サンスクリット語のトラタカ(Trataka)、「凝視する」という言葉に由来しています。定められた一点を、まばたきせずに凝視しつづけるという技法です。
まばたきせずにある一点を凝視していると、目が熱くなり、痛くかんじて、涙がでてきます。
涙がでているのを、そのまま放っておいて凝視しつづけると、通常の「見る」という空間から、「観照する}という別次元の空間が浮かびあがってきて、別種類の見るという行為が起こっていることが体験できます。

これはパタンジャリの昔から、ヨガを修行する人(ヨギ)たちによって実習されてきた伝統的なヨガの瞑想法です。
現実面では目の集中力をたかめ、霊性においては「第三の目」と呼ばれるアジナ・チャクラを活性化させます。
一点を凝視するという強烈な技法で集中力をやしない、表面的な次元を貫きとおして、その奥の本質と出会うために創造され、発達してきた瞑想法であるといえます。
アーユルヴェーダの
目薬 ネトラプラバ

アーユルヴェーダのハーブ
目に一滴たらすと、ものすごく痛くなりますが、そのせいか、たくさんの涙がでてきます。涙とともにいろんな疲れが、しぼりだされてくるようなかんじです。そのときに、手でこすってはいけません。涙がたくさん出たあと、たいへんすっきりかんじます。こんな目薬、見たことない。さすが、インドです(サフランロード通販)
トラタック瞑想にはふたつの側面があります。
ひとつは、外側の対象を「見る」という行為によって貫通することです。
それは「見る」という矢を、対象にむかって射るようなものです。
ちがうところは、実際の矢は射れば的にあたって、それでめでたしめでたしということで終わりますが、「見る」という矢は、射る本人から的にあたるまでの距離を、継続的に、とぎれることなく、見続けなければならないというところです。
それは常にオンゴーイングのプロセスになります。

その対象は、凝視できるものなら基本的にはなんでもよく、通常、紙に黒い点を描いて壁に貼ったり、オームなどのシンボルであったり、シバやブッダなどの神像であったりもします。
ローソクの炎を見つめる方法も広く取り入れられ、多くの人々に実習されていますし、また、夕日を見つめたり、鏡にうつる自分自身の顔や坐像を見つめる方法は、より強烈なものだとも言われています。

もうひとつは、内側の対象を「見る」という行為をとおして、「観照する」という次元に移行することです。
技法的には、凝視した外側の対象物が、目を閉じたときに残像として残るものを、「見る」対象とします。
黒い点でも、オームのシンボルでも、シバの像でも、それが目を閉じたときの残像として、第三の目にできるだけ長くとどまるように、見続けていきます。
外側の対象を見続けたのと同じ強烈さをもって、この内側の対象を見ることができるようになると、その強烈さの報酬として、またはそのコントラストとして、それらをまったく超越した「超然たる目」が超然とあらゆるできごとを観照していることが体験できます。

トラタック瞑想技法のひとつとして、自分の鼻の先端を見つめるというやりかたもあります。ある時期、私はひとりのヨギのもとで、この技法を実習したことがあります。
この技法は、鼻の先端を見るものですが、それがひとつの全体像として見えなければなりません。あなたも、ちょっとためしにやってみてください。なかなか、むずかしいでしょう?
ところがやっているうち、あるとき、ある瞬間、ぽっとそれができるポイントがわかるのです。
それはちょっと技法が伝えるところとは、まるっと異なって起こります。
そして、起こってみると、なるほど起こってみなければけっしてわからないこともある、ということがわかります。
あらゆる瞑想法は、トリックのようなものなのです。
ですから、たとえば、呼吸を見る瞑想法をやっていて、ずっと呼吸を見ていられたからといって、実際問題は喜ぶべきことでもないのです。
なぜなら、もしあなたがその技法に忠実に従うことができたということは、その技法をとおして移行すべき次元にはいたらなかった、ということを宣言しているようなものだからです。
技法はすべて、それを捨てるときが来るまでつづくだけであって、捨てるのがある段階での必須事項であるとも言えるからなのです。不思議な世界ですね。


トラタック(トラタカ)瞑想のやり方


身体をリラックスさせたまま、まっすぐ坐り、1−1,5メートル離れた、目とほぼ同じ高さのところに、燃えているローソクをおいて、ローソクの炎を凝視します。
対象物はローソクでなくても、上に述べたようなもので行っても結構です。
最初のうちは、無理をせず、目が痛くなったら、目を閉じて、残像に瞑想します。
慣れてきたら、目が痛くなって、涙がでてきても、そのままローソクを凝視しつづけます。十分に意識し、油断なく覚めて一つのものを凝視しつづけます。
それにも慣れてくると、今度は、目に涙がたまっても、それは流れでずに、そのままたまった状態のまま、対象物を見ていることができるようになります。
瞑想時間は、30分から45分くらいの範囲で、自分がもっとも適当だと思う長さを決めて実習してください。
それから、15分から30分くらい、目を閉じて静かに覚醒しています。
この瞑想法は、あなたに「強烈に見る!」という実際的な能力を与えてくれます。
そしてまた、瞑想の終わりには、「常に見ているものがある!」という霊的な体験と理解を、あなたにもたらせてくれるでしょう。




1−瞑想との出会い

3−瞑想の目的

5−瞑想の質

7−ヴィパッサナー瞑想

9−ワーリング瞑想

11−瞑想の起源と歴史

13.クンダリーニ瞑想−瞑想法の紹介−

15.瞑想におけるヨガとタントラのアプローチ

17.瞑想法の紹介、「私は誰か?」

2−瞑想とは何か

4−瞑想の種類

6−瞑想のやり方

8−瞑想の体験

10−トラタック(トラタカ)瞑想

12−瞑想とヨガ

14.ヨガとタントラの起源

16.瞑想とサット・サング

18.スピリチュアル寓話集「10人の馬鹿」













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