コカムの木
アーユルヴェーダ・ハーブやスパイスをインドから日本へ直送します
サフランロード
(写真上:コカムバターとコカムの木)         ◆アーユルヴェーダ ◆おもしろインド ◆マクロビオティック ◆セイタン ◆更新情報 ◆リンク集


 桜沢如一

− マクロビオティックの創始者 −


桜沢如一(ジョージ・オーサワ)のサイン
1893 − 1966

*


東京の事務所で

桜沢如一(ジョージ・オーサワ)は、1893年、京都で生まれた。 子供のころは病気がちで、あまり健康な子供ではなかったが、1913年、石塚左源の「食養会」にはいり、その実践によって健康をとりもどした。 その後、彼は神戸の輸出入の会社で働きながら、この食用運動を継続した。
1924年、食養会の会長になり、会員を指導するとともに、多くの講演会や著作活動をおこなった。
彼は無銭旅行でパリまで行き、ソルボンヌ大学で学び、フランスに東洋の文化を紹介するためにたくさんの本を書いた。
その頃、彼は毎年日本に帰ってきて、日本が全世界を敵にまわすのは愚の骨頂だと人々に説いてまわった。
1937年、彼の書いた「新食養読本−食べ物だけで病気を治す−」がヒットし、短期間に300版を更新した。
第二次世界大戦のころ、彼は平和運動のために軍から迫害をうけた。
戦後、「真生活運動」、「世界政府運動」、そして若い青年たちの教育のために彼らを海外に送り出した。
1953年、インド、アフリカ、ヨーロッパを旅し、世界にマクロビオティックを紹介して歩いた。
1956年、彼はヨーロッパに移った。そして、そこでマクロビオティック研究所やマクロビオティック食品工場、レストランなどが生まれていった。 彼の本は多くの言語に訳され、出版された。
彼のマクロビオティック運動はヨーロッパで大きな反響を得た。 それは、<食>というものを宇宙意識というホーリスティックな見地から実践的にとらえていくアプローチであり、 その方法による身体と心の奇跡的なヒーリングであった。
彼は1966年、74歳で死んだが、彼の妻、桜沢リマは2000年、99歳まで生きた。
彼の著作は300冊以上にのぼり、今でも世界中に多くのセンターやインスティテュートがある。

若き桜沢(パリで)
1920年秋、クレベール、パリ




アーユルヴェーダのハーブなど(サフランロード通販)
女性にやさしい
シャタバリ

アーユルヴェーダのハーブ

シャタバリは「100人の夫をもつ女性」という意味で、あらゆる年代の女性に愛されつづけるアーユルヴェーダのハーブです。女性がとれば、女性ホルモンのバランスを維持し、生命力の強壮と若返りに絶大な効果があります。
沙羅双樹(さらそう
じゅ)クリーム


沙羅双樹(さらそうじゅ)クリーム


沙羅双樹クリームは、保湿性にすぐれ、肌をやわらかにし、乾燥から肌をふせぐという効能があり、つけてみるとスー!っとします。ヒマラヤに生育する沙羅双樹には、ブッダが死んだとき、この木が季節外れの花を咲かせたという有名な逸話が残されています。店長イチオシ商品。
ヒマラヤの神秘
シラジット


アーユルヴェーダのシラジット

シラジットは、ヒマラヤ山脈の圧力によって外部にしぼりだされた鉱物や植物のエキスで、ほとんどあらゆる種類のミネラルやハーブ成分がごく少量づつ含まれているというアーユルヴェーダの天然元気剤です。










◆アーユルヴェーダ ◆おもしろインド ◆マクロビオティック ◆セイタン ◆更新情報 ◆リンク集