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ラーマクリシュナ(2)

―空のうた―

第2章

「恋こがれるような心で神に祈ることが必要だ。
子猫はニャオ、ニャオと鳴いて、母親を呼ぶことしか知らない。 それはどこに置かれても満足だ。 母親は、ときには台所に、ときには床の上に、ときにはベッドの下に子猫を運ぶ。 子猫はどこにいてもハッピーだ。 そして、なにか問題が起こると、ただニャオ、ニャオと鳴く。 知っているのはそれだけだ。
だがそれを聞くと、母親はすぐ子猫のもとにやってくる」     ラ−マクリシュナ


ラ−マクリシュナは、1836年2月18日、カマルプク−ルという村で生まれている。それは、カルカッタから西に100キロほど離れたところにある小さな村だ。
私は、あるとき車でこの村に行ってみたことがある。早朝カルカッタを出発して、3時間程でその村に着く。
当時の人々は、この距離を3日かけて歩いたという。 天気のよいときにのんびり歩けば、楽しい旅だろうと思ったが、実際には川をいくつもわたらなければならないし、暗くなると強盗もでたというから、それほどのんびり歩くわけにはいかなかっただろう。
しかし、カマルプク−ルはのんびりとした村だった。
あちらこちらに小さな池があって、そこで人々は食器を洗ったり、着物を洗ったり、身体を洗ったりしていた。
ほとんどの家は牛のふんと土を混ぜあわせた材料で作られていた。 これが伝統的なインドの家だ。
村のあちらこちらで山羊や牛の子をたくさん見かけたが、不思議なことに犬はほとんどいなかった。 インドの町にいて、路上に犬がいないというのは奇跡に近い。 なぜなのだろうとしばらく考えて、ふと納得がいった。
道端までゴミが出てこないのだ。
余った食物は、牛が食べ、山羊が食べ、豚が食べ、食べられるゴミは家の外にでてこない。 なるほど、こんな村に来る旅行者もいないから、レストランもないし、路上の犬にとって食料にありつくのはむずかしい。
たぶん100年前も、200年前も、この村はほとんどこんなかんじだっただろうと想像できるほど、静かで平和な村だった。
まわりを田んぼでかこまれたこの小さな村で、ラ−マクリシュナは生まれた。(写真はラーマクリシュナの生家。現在はラーマクリシュナ・ミッションが維持・管理している)

父はクディラム、母はチャンドラデビという名前で、彼らのあいだには5人の子供が生まれた。 ラ−マクリシュナは4番目の子だ。彼が生まれたとき、長男のラムクマ−ルはすでに31才、次男のラメシュワ−ルは10才だった。
ラ−マクリシュナとラムクマ−ルの年令が30才以上ちがうのを奇異に思って、年表をくわしく検討してみると、クディラムは1775年生まれ、チャンドラデビは1791年生まれで、彼らは1799年に結婚したとある。 ということは、彼らが結婚したとき、クディラムは24才で、チャンドラデビは8才だったことになる。そして、彼女が15才のとき、長男のラムクマ−ルが生まれている。
当時、インドでは、このような幼児結婚が広くおこなわれていたそうだ。 実際には、結婚式をあげたあと、花嫁は両親といっしょに実家に戻り、適当な年令になるまで以前と同じように両親と暮らす。だから正確にいえば婚約なのだが、当時は結婚と呼んでいたらしい。
なぜ両親の結婚について言及したかというと、のちにラ−マクリシュナ自身も、彼が23才のときに、当時6才のサラダと結婚するからである。 ラ−マクリシュナが6才の子供と結婚したのを知ったとき、私は最初奇異にかんじた。 文献を調べていくうちに、それが当時の一般的な風習であったことを知り、そして両親もまたそのような結婚をしたということでなるほどと思ったものだ。

クディラムは祭事をつかさどる神官(ブラ−ミン)だったが、60才になったあるとき、ガヤに巡礼の旅にでた。 ガヤはヒンズ−教の聖地のひとつだ。インドは多神教の国で、数えきれないほど多くの神々がいる。そのうえ、木も石も、牛も猿も、みな神の化身だ。 ヒンズ−教以外の宗教はたいがい一神教で、神の下にキリストやモハメドなどの伝導者(メッセンジャ−)がいて、神の意向を通訳する。 が、インドではほとんどあらゆるものが神なので、そのなかから自分の好きな神を選んで信仰するのだ。 これはたいへんにぎやかな宗教であり、私はこれを豊かだと思う。それに、つきつめてみれば、あらゆるものは神の顕現であるという洞察は真実だ。
多くの神々のなかでも、人々の人気をはくしているのが、ブラフマ、ヴィシュヌ、シバの三大神だ。 ブラフマは宇宙の創造、ヴィシュヌはその維持、シバは破壊と死をつかさどり、ほかの神々はこのみっつのどれかの系統に属している。 ガヤにはヴィシュヌ神の聖地がある。クディラムはここでヴィシュヌパダ(ヴィシュヌの足許)を礼拝したとき、ヴィシュヌの子がさずかるという夢を見た。
余談だが、このガヤから数キロはなれたところに、ブッダが悟りを得たので有名な「ブッダガヤ」という村がある。
クディラムがガヤに行った翌年、ひとりの男の子が生まれた。ヴィシュヌからのさずかりものなので、この子にガダダ−ルという名をつけた。(写真、上は生家と祭事小屋、下は小屋の内部)
ガダダ−ルはヴィシュヌの別名であり、メ−ス(香料の名)のかおりを運ぶ者という意味である。ラ−マクリシュナという名前は、後年、カ−リ−寺院に住むようになってから、人々によって呼ばれたものだ。
ガダダ−ルが生まれたとき、クディラムはすでに老年に達していたので、この子をたいへん可愛がった。毎朝、祭壇にかざる花を摘みにいくとき、彼はいつもガダダ−ルを連れていく。小さな手に花を摘んで歩く息子を、クディラムは目をほそめて眺めていた。そして、子供は元気いっぱいに育った。父親の膝のうえにのって遊んでいるうちに、いつのまにか祭事で使うマントラをおぼえ、それを突拍子もないときに発して人々を驚かせたり、土をこねて祭壇にある神の像を作ったり、村の子供たちと遊びに夢中になったり、自然のおおらかさのなかで、すくすく育っていった。

彼のなかの霊性(スピリチュアリティー)が最初にあらわれたのは7才のときである。
インドの6月から9月にかけてはモンス−ンの影響で雨がおおい。しかし、作物が育つためにこの雨はかかせない。7月、稲は50センチほどになり、おおくの雨とおおくの太陽の光をあびてますます育っていく。
カマルプク−ルも村落を一歩外に出ると、もう見わたすかぎりの田園風景が広がっている。ある日、ガダダ−ルは炒り米を小さな篭にいれて、ぽりぽり食べながら、田んぼのあぜみちを歩いていた。
空を見ると、雲が青空をおおいかぶさるように大きくなっていく。それはうつくしく力強い雷雲だ。見ているあいだに、空はどんどん雲におおわれていった。
ガダダ−ルは、内側でわきたつものをかんじた。彼は、つかれるように、この雲が空を暗く閉ざしていくのを見つめていた。
突然、ばたばたっという音がして、大きな白鷺の群れが飛びたった。その音とできごとに驚いた瞬間、ガダダ−ルのなかの<時間>が止まった。すべてが止まった。白鷺の群れも、黒い雷雲も一瞬凍りついた。
彼は内側からも外側からも圧倒された。深くて黒い雲という背景を、純白の輝きがそれぞれ鳥の形に切り取られてひかった。それはうつくしかった。彼は感動のあまり意識をうしなって、ばったりと後ろに倒れた。かごの炒り米がそこらじゅうに飛び散った。
彼は外界の意識を失って、うちなる至福に満たされていた。ゴ−!という音ともいえない圧倒的な音に満たされて<時間>が止まっている。それは形容しようのない平安だった。
これが最初のサマ−ディ体験だった。そのときのことを彼は、のちに、「それはなんとも表現できない喜びだった」と語っている。

7才という年令は、人生のひとつの節目である。多くの人がそのころなにか貴重な体験をする。
私も6才か7才のとき、母親の買物についていって、自動車事故にあったことがある。 私は、魚屋のほうから通りをへだてた八百屋の店頭を見ていたような記憶がある。 そこには、クリスマスのときによく見られる、お菓子のいっぱいつまったブ−ツ型の商品がぶらさがっていた。 だが、母親はそれを否定して、そんな季節ではなかったと言う。どちらの記憶が正しいのか、今となってはわからない。そ して、私は突然道路に飛び出したらしい。これは自動車を運転していた人の証言である。
私はきゅうに道路に飛びだして、自動車の下に巻き込まれた。
「もしあれが三輪自動車だったら、あんたは死んでいたわよ」と、のちに母親が私に言った。当時は、まだ三輪のトラックがけっこう走っていた。昭和30年代のことだ。
私は左足の甲をタイヤにひかれたものの、あとはうまく車体の下にもぐりこんだようだ。それ以外、ほかに大きな傷らしきものはない。 なにが、どういうふうに起こったのか、私にはわからないし、記憶もないが、どれほど訓練しても、そううまく車体の下に潜り込めるものではない。
まったく奇跡としか言いようがないが、ほんとうにただの奇跡なのだろうか。
私の記憶における次の映像は、自動車の助手席のようなところに横たわって、血まみれの足を下から見ている映像だ。 私は、そのとき目の前にある映像をただ静かに見ていた。不思議なことに、まったくなにを思い煩うこともなく、とらわれることもなく、ただ静かに見ていた。 不安も、怒りも、悲しみも、苦しみもなにもなく、むしろ「至福」で満たされていた。そして、なにもかもわかっている、それでよいという了解の目が、その映像を見ていた。 それは濃縮された、強烈な、映画のひとこまのようだった。どんな感情もなく、思考もなく、不動で、めいっぱいに満ち満ちた<私>だった。
そのとき、私はまったく痛みをかんじていない。この事故の記憶のなかに、痛みの感覚は完全に除去されている。 まったく痛くなかった。 というか、痛みの存在する世界とは別な世界にいたと言うほうが、正確かもしれない。
あるとき、そのことをひとりのセラピストに話したところ、彼は「あまりにも痛かったので感覚の外に出てしまったのだろう」と言った。 そうかもしれない。そういえば、ほんのちょっと指を切ったときはひりひり痛くても、ぐさっと深く切ったときには案外痛みをかんじないものだ。
それから、もうひとつ。私の記憶では、そのとき、どこか遠いところで赤ん坊が泣き叫んでいるような声が聞こえていた。遠くから、かすかだが、はっきりと、「ギャ−、ギャ−」泣き叫んでいた。 そのときはわからなかったが、何十年かたったある日、ふと気が付いたことがある。あれは自分の声だったのだ。
このような体験は、だれもが持っている。あなたも持っているだろう。そうでなければ、精神的な世界に興味をもつことはなかったはずだ。 自分の人生を、碁盤の上におかれた石のように過去にさかのぼってみれば、このような布石がひとつの狂いもなくおかれていることがわかる。

ガダダ−ルがはじめて至福の体験をした同じ年の秋、クディラムは近くの村の祭礼に招待されていって、そこで突然死んでしまう。一家の生計は、長男ラムクマ−ルの肩にかかってきた。ラムクマ−ルはそのとき38才だった。
ガダダ−ルは学校にも行きはじめた。彼は学校が好きだった。とくに「マハ−バラタ」や「ラ−マヤ−ナ」など、神々の物語を聞くのが好きな子であった。絵を描いたり、ものを作ったりするのが得意で、算数は苦手だった。(写真、ここは現在も学校として使われている)

ブラ−ミン階級の家に生まれた男子は、ある年令にたっするとひとつの宗教的儀式をとりおこなう。「聖なる糸」を与えられるこの儀式によって、ブラ−ミンとしての祭事と人生を学び、遂行することが社会的に認められる。
それは彼が9才のときにおこなわれた。通常その儀式のときの供物は、同じブラ−ミン階級の人によって料理されるしきたりだった。しかしガダダ−ルは慣例を破って、ブラ−ミンではない女性との約束を実行した。
彼女は彼の誕生を手助けした産婆で、その後も彼を可愛がってくれたダニという女性だった。ガダダ−ルにとってカ−スト−−インドにおける身分制度−−のちがいなど問題にならなかったが、家長として一家をささえるラムクマ−ルが納得しなかった。
「ガダイ、それはだめだ!」と彼は言った。
「どうして、兄さん。だってダニと約束したんだ」
「そういうわけにはいかない、ガダイ。決まりというものがある」
だが、ガダダ−ルも負けていなかった。 「
決まりよりダニとの約束がたいせつだ。だめなら儀式はやらない」
ラムクマ−ルは弟の頑固さに根負けして、とうとう受け入れざるをえなかった。
ラ−マクリシュナは、後年、カ−スト制度のきまりを無視したふるまいをたびたびする。
たとえば、ふつうブラ−ミンはカ−スト的に低いス−ドラ階級の人の家で食事することはしないものだが、ラ−マクリシュナは純粋に神をしたう人々の招待ならカ−ストをこえて受け入れ、よろこんで食事をともにした。それは当時の人々にとっては革命的な行為だった。
しかしラムクマ−ルがこのとき弟に譲歩したのは、根負けしたというだけの理由ではないような気がする。もともとこの一家は自由でおおらかな気質のようなものがあったのだろう。
というのは、その10年後に彼らの人生を大きく左右するできごとがおこるが、そのときのラムクマ−ルの対応も基本的にカ−スト制度の定める決まりにたいしてたいへん柔軟なものだったからだ。そして、それが、結果的にラ−マクリシュナをカ−リ−寺院へと導くことになるのだ。
しかし、それはもう少しあとの話だ。
二回目の神秘体験は、歌と踊りのさなかでおこっている。
あるとき近所の女たちが、村から数キロ離れた神社までピクニックにでかけた。ガダダ−ルは女たちについていった。歩きながら神への讃歌を歌い、手をたたき、踊りながら進んだ。ガダダ−ルは歩いているうちに、いつのまにか恍惚状態になり、そのうち意識を失ってしまった。女たちは驚いて、水をかけたり、身体をゆすってみたりしたが、まったく効果はなかった。彼は白目をむいたまま、ほほえんでいた。
ひとりの女性が、ガダダ−ルの耳元に「ラム、ラム、ハレ、クリシュナ!」と神の名前をとなえつづけると、ガダダ−ルはじょじょに意識をとりもどした。
後年、彼がサマ−ディにはいるたびに、弟子は彼の耳元で神の名をとなえつづける。すると、彼は顔中恍惚のほほえみをうかべて、じょじょに通常の意識状態に戻ってくるのだが、それはこのときから始まっていた。

ある日、村に祭りがあって、広場で芝居がおこなわれることになった。このような機会は、当時の村においては特別である。村人はみな期待に胸をふくらませて、その日を楽しみにしていた。(写真は村の中の様子)
ところが、問題がおこった。シバ神の役を演じる予定の少年が、突然病気になってしまったのだ。劇団の長が、村人たちにだれか適当な代役がいないか相談したところ、人々はすぐにガダダ−ルの名前をあげた。彼はそれまでも芝居をよく覚えて、村の子供たちといっしょに演じたりしていたからだ。
その夜、ガダダ−ルにメ−キャップがほどこされた。全身に灰をふりまき、長い髪をサドウのように巻き上げ、首にへびをからませ、虎の皮の腰布をつけ、手に三つ又になった槍をもって、準備がすべて整うころ、彼はすでに恍惚感をかんじはじめていたようだ。
「おお、シバ!」
出番がせまるにつれ、彼の意識はもうろうとしてきた。彼はシバそのものになっていった。舞台に彼があらわれると、人々はそのリアルさに息をのんだ。
ガダダ−ルの目から涙が流れていた。だが、シバは舞台の中央で立ち止まると、そのまま動かなくなってしまった。観客のなかから不審のつぶやきがもれはじめた。
「どうしたんだ?」
「シバが動かないじゃないか」
劇団の人がガダダ−ルに近づいてみると、驚いたことに、彼は立ったまま意識を失っていた。芝居は中止になって、彼は家に運ばれ、翌日ようやく普通の意識状態にもどった。

ガダダ−ルの幼年期には、このようないくつかの恍惚状態が報告されている。しかし、このような体験は大なり小なりたいていの人に訪れるものだ。それらの体験をすっかりわすれてしまう人もいるし、また鮮明に覚えている人もいる。
ひとりの友人が、あるときこんな話をした。
「僕は幼稚園や小学校にいってるころ、よく帰り道がわからなくなってしまった。たんぼ道をあるいているうちに、なんだかぼ−としてきて、わけがわからなくなってしまう。気持ちが良くて、いつまでもぼ−と立っていると、だれかが家までつれていってくれるわけ。人は僕のことを少し知恵遅れの子供だと思っていたらしいけど、僕はただいつのまにか気持ち良くなってしまう。そうなると、まわりのことがぜんぜん見えなくなって、ただなんともいえないほど気持ち良く満たされているんだ」
彼はなつかしげにそう語った。
「それは、瞑想の状態と似ているもの?」
と私が聞くと、彼はすこし考えてから言った。
「うん。でも、もっと自然でゆったりしていた」
彼がぼ−としているときに体験するのは、本源に戻ったときに得られる「恩恵」というものだ。
誕生したばかりのときには、だれもがそれを体験している。そして通常3、4才の頃からしつけ・教育という名のもとにこの「至福」からはじきだされてしまう。不思議なことに、早くはじきだされた子供ほど「かしこい子」だと言われるわけだが、彼の場合はその逆で、まだマインドによって本源が汚されていない本来の姿がつづいていたのだ。そして、学校にいるあいだ彼は本来の姿から社会で生きるための姿にひきづりだされ、それが終わると緊張がとけて、ふたたび至福の状態に戻っていたのだ。
彼自身もまわりの社会もそれを否定的(ネガティブ)に見下したため、それは彼のなかで精神的な傷として残ってしまった。しかし目のある人がいて、サポ−トが与えられれば、彼はより素直に積極的(ポジティブ)に精神世界のなかに入っていけたにちがいない。彼は白鳥であったにもかかわらず、あひるの群れのなかで生きたがゆえに、「みにくいあひるの子」になってしまった。
今の社会ではこのような精神的素養をもった子供はサポ−トを受けるどころか、むりやり矯正されてしまう。
人は誕生したばかりのときには、純粋な至福のなかで生きている。赤ん坊の目には、まだ自我(エゴ)の影さえ見られない。
それは存在そのものである。

ガダダ−ルが14才のとき、一家にふたたび大きな変化がおとずれる。
前年、ラムクマ−ルの妻が男の子を生んだが、彼女はその出産のあとしばらくして死んでしまった。ラムクマ−ルは落胆し、それからはなにをやってもうまくいかなくなってしまう。収入は激減し、借金が増えていった。そのままいけば破滅することはあきらかだった。彼は周囲の人に相談し、カルカッタで新しい道を切り開くことを決意した。
彼は生まれたばかりの子供を実家において、単身カルカッタにおもむき、サンスクリット語を教える学校を開いた。
今度は次男のラメシュワ−ルが一家の面倒を見ることになった。
ガダダ−ルにとって、それは深刻な問題ではなかった。なんといってもまだ少年である。彼は近くのマンゴ−園に行って、友達と芝居の練習をして遊んだ。彼は一座の座長だった。あるとき、彼の演技力が発揮されるできごとがおきた。

村にドルガダスという地主がいて、あるとき、自分の家の女の館にはどんな男もはいることができないと自慢していた。 少年ガダダ−ルはたまたまそこを通りかかって、ドルガダスの言葉を聞いたので、彼にこう言った。
「ドルガダスのおじさん。僕ならかんたんに入ることができるよ。約束してもいい」
「ガダイ、ほらをふくものじゃない」とドルガダスはムッとしたようすで言った。
「みていてごらん」
ガダダ−ルはにっこり笑って歩いていった。
数日後、ドルガダスが家で友達と話していると、貧しげなはた織りの女が糸をいれたカゴをわきにかかえてやってきた。
「旦那さん、私はきょう糸売りにやってきたが、どうも連れにおいてきぼりをくっちまったみたいだ。もう暗くなってきたし、ひとりじゃ帰れそうもないから、一晩だけ泊めてもらえませんかね」
ドルガダスは女にいくつかの質問をして納得したあと、女の館に行って休むように言った。はた織りの女は食事を食べさせてもらい、家の女たちと話したりしながら数時間そこで過ごしていた。
ガダダ−ルの母親は、夜になっても彼が帰ってこないので心配していた。彼女は、ラメシュワ−ルに探しにいくように言った。
「ガダイ!、お−い、ガダイ! どこにいるんだ。母さんが心配しているぞ」
ラメシュワ−ルが村のあちこちを探していると、突然、ドルガダスの女の館から、
「兄さん、ここだよ。いま出ていくからね」という声がして、はた織りの女に姿をかえたガダダ−ルがなかから出てきた。
ドルガダスが驚いて言った。
「なんだって? これはいたずら小僧のガダイなのか。そうか。わしはまったくだまされたってわけだ!」
ドルガダスは、ガダダ−ルを怒るどころかむしろ彼の機知をほめ、女たちも笑って喜んでいた。

ラムクマ−ルがサンスクリット学校を開いてから3年が過ぎた。彼は学校で教えるほかに、いくつかの家庭の神事もひきうけるようになり、彼ひとりでやりくりするのがむずかしくなってきた。彼は助手が必要だと思った。
あるときカマルプク−ルを訪れたおり、彼はチャンドラデビとラメシュワ−ルに相談した。
「ガダイをカルカッタにつれていきたいが、どうだろうか」と彼は言った。
「ガダイも17才だから、カルカッタで勉強するのもいいかもしれないね」
チャンドラデビは、ガダダ−ルの将来のためにはそのほうがいいかもしれないと思った。カマルプク−ルのような小さな村で、三男のガダダ−ルが生計をたてていくのはむずかしいからだ。
「母さんがよければ、僕に依存はない」とラメシュワ−ルも言った。
ガダダ−ルにも依存はなかった。むしろカルカッタのような大都会に行くことを喜んだ。井のなかの蛙が大海に出ていくのである。後年、彼は人間の狭い心について、こんな話をしたことがある。

ある村の井戸にいっぴきのカエルが住んでいた。カエルは生まれてからこのかた、その井戸から出たことがなく、ほかの世界をまったく知らなかった。毎日、水をくむために投げ入れられる壷を見て、暮らしていた。カエルにとって、この井戸が宇宙だった。
あるとき、豪雨が何日もつづいた。
突然どこからともなく、別なカエルが井戸に落ちてきた。そのカエルは海に住んでいたが、豪雨のため避難してきたのだ。井戸のカエルが新入りのカエルにたずねた。
「君はどこから来たんだ?」
「私は海から来ました」と新入りが言った。「この雨がやむまで、ここにいさせてもらえませんか?」
「いいよ」と井戸のカエルが言った。「好きなだけ僕の井戸にいてください。話相手ができて大歓迎だ」
井戸のカエルは棚から食物をだしてきて、海のカエルにすすめた。
食事のあと、井戸のカエルが海のカエルにたずねた。
「海に住んでると言ったけど、海ってなんだい?」
海のカエルが言った。
「海というのは、ものすごい量の水があるところです」
すると、井戸のカエルは後足をひろげて、
「それってこれくらい広いのか?」と言った。
海のカエルはげらげら笑った。
「海は、あなたの足の巾よりずっと大きい」
井戸のカエルは疑り深そうに海のカエルを見た。そして、こんどは前のほうの足をおおきく広げて、
「じゃ、これくらい大きいのか?」と聞いた。
「いや、もっともっと大きい」と海のカエルが言った。
井戸のカエルのプライドが傷ついた。カエルは井戸の端から端までピョ−ンと飛んで、
「君の海は、こんなにでっかいっていうのか?」と言った。
海のカエルはあきれて言った。
「あなたに海の大きさをわからせるのはむずかしそうだ。海と井戸じゃ比較にならないよ」
井戸のカエルの怒りが爆発した。
「君は嘘つきだ! 僕の井戸より大きいものなどあるはずがない。叩きだされるまえに、とっとと出ていけ!」
海のカエルは思った。 「
この井戸から出ていったほうが賢明だろう。実際に海を見ないかぎり、彼の考えを変えることはできない」

そして、ラ−マクリシュナは言う。
「ほとんどの人は、井戸に住むカエルのようなものだ。私たちは一定の考え方や習慣をもつ。それは、私たちが住んでいる社会からやってくる。あなたはそれを唯一正しい考え方であり、習慣だと思い込む。そして、ほかの社会がもつ考え方や習慣を驚きと憎しみの目で見るのだ。あなたは、自分の社会がこの井戸のように小さな世界にすぎないことを理解しない。私たちは、ほかの考え方や習慣をみとめ、共存できる大きな心をもたなければならない−−広大な海を知るカエルのように。
せまい心とは、井戸のなかのカエルのようなものだ。
とらわれない心とは、海に住むカエルのことだ。
あなたは井戸に住むカエルでありたいか、それとも海に住むカエルでありたいか、どちらだろうか?」

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